中川翔子の父親:中川勝彦の死因は白血病?スキャンダル画像流出の真相が明らかに!

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現在もタレントとして様々なバラエティ番組やドラマ・映画・CM等で活躍し、歌手としても一部で支持を得ている中川翔子さん!!

今回は、そんな中川翔子さんの『父親』に関しての情報にスポットを当てて紹介します。

中川翔子の父親は人気歌手の中川勝彦

現在は「女優業」や「イラストレーター」としての活動に重きを置いていることが分かった中川翔子さん。

そんな中川翔子さんの『父親』は歌手であったことは、とても有名な話ですよね!!

中川翔子さんの父親は、元歌手の中川勝彦さんです。

・名前:中川勝彦

・生年月日:1962年7月20日(32歳没)

・職業:ミュージシャン・俳優・声優

・活動期間:1980-1994年

・大学:慶応義塾大学(中退)

高校生からバンド活動を始め、高校3年生の時に出場したNHK『ヤングMUSICフェスティバル』をきっかけにメジャーデビューしました。

その後、80年代前半の日本の歌謡界では珍しいヴィジュアル系アーティスト・日本版グラムロックアーティストとして本田恭章と人気を二分した。

美しいルックスとは裏腹に、気さくで腰が低く茶目っ気のある人柄で関係者に親しまれた。

歌手や俳優活動以外にもラジオ(ヤンタンキンド館)のパーソナリティーとしても活躍。

下ネタを持論を交えて大真面目に滔々と語る喋りが受け、中川のファンだけではなく番組のファンからも評価を集めた。

デビュー当時はムーンライダーズのメンバーが全面的にサポートし、楽曲提供や演奏で参加。

その後、Charとユニット「MAJI-MAGIC」を結成するなどアーティスト色を濃くしていく。

本人による作詞・作曲も数多い。

ヴォーカリストとしては妖しさと力強さを兼ね備えており、伸びのある歌声で評価が高かった。

伝説のギタリスト・Charさんともユニットを組まれていたのですね!!

そんな音楽性とルックスの評価が高かった父・中川勝彦さんは当時から交際していた中川翔子さんの母親と結婚しますが、極秘結婚となったようです。

交際していた女性が妊娠したことを切っ掛けに結婚したが、その事実は秘密裏にされた(その時に授かった子が長女・翔子である)。

美麗なルックスと天真爛漫なイメージでアイドル的路線タレントとして活動していたこともあり、イメージダウンになりかねない婚前妊娠結婚を事務所も中川自身も公にすることはなかった。

芸能人はイメージが大事・・大変ですよね。

結婚後の1985年に、父・中川勝彦さんが22歳の時に中川翔子さんが生まれます。

父・中川勝彦さんも中川翔子さんと同様にオタクな部分があり、特殊な教育をされていたそうですよ(笑)

しょこたん同様勝彦もオタクで、

”ゲゲゲの鬼太郎や楳図かずおの作品を読まないとちゃんとした大人になれないぞ”

と英才教育だとそれらの漫画本をしょこたんに大量に買い与え、感想を述べ合っていたそうです。

中川翔子さんが楳図かずおさんを好きになったきっかけは、父・中川勝彦さんの教育の影響からだったのですね!!

ちなみに中川翔子さんのご両親の馴れ初めですが、

両親の馴れ初めは母が経営していたお店に父が遊び来たこと。

父のデビューが近くなって母は別れを覚悟したそうですが、父は「結婚しよう」と。

二人は旅行先のグアムで、他の駆け落ち同然のカップルたちと合同結婚式を挙げてるんです。

と、なんともロマンティックな出会いがあったようです。

さて、そんなオタク気質でありながら世の女性を魅了し続けた父・中川勝彦さんは、「ある病気」を患いまだ幼かった中川翔子さんを残してこの世を去ってしまったのです。

中川翔子の父親の死因は急性骨髄性白血病!

当時音楽の才能が認められ人気を博し、娘である中川翔子さんに独特な教育をさせていたていた事が明らかになった父・中川勝彦さん。

そんな父・中川勝彦さんでしたが1992年に「白血病」を発症し、それから約2年後には帰らぬ人となってしまったのです。

人気絶頂の中、中川翔子さんの父・中川勝彦さんは1992年9月に急性骨髄性白血病を発症しました。

急性骨髄性白血病の治療のため、骨髄の適合者が娘の中川翔子さんである可能性があることを医師から告げられたものの、

「自分の命を助けるために、小さな翔子の体に負担をかけたくない」

と父・中川勝彦さんは骨髄の検査を断ったのです。

そして、1994年9月17日に32才という若さで中川勝彦さんはこの世を去ることになりました。

この当時、中川翔子さんの母親である中川桂子さんの日記には、旦那さんと娘を思う不安な気持ちが綴られています。

結婚して間もない頃に判明した白血病という病気…どんなに辛かったでしょうか。

これまでの父・中川勝彦さんを見る限り、とても良い父親であることが伺えますしね…

その後、娘である中川翔子さんが今まで秘密にしてきた父親が中川勝彦さんであることを2015年8月12日に「お盆、天国の父をしのぶ旅」で涙ながらに告白。

「お盆、天国の父をしのぶ旅」のコーナーで、自身が9歳のときに亡くなった父親のことを知るため、今でも家族ぐるみで付き合いがある内田ミミさんに会った。

中川の父親はアイドル歌手の中川勝彦さんだが、白血病にかかりわずか32歳の若さで亡くなってしまった。

そのため、父との思い出は数えるほどしかなかった。

父の亡くなったあとに、中川はこれまで父に望まれず生まれた子供だと思っていたそうだ。

しかし内田さんは中川の父が母と幸せな家庭を作り、白い家を建ててそこで子供を作りたいと話していたことを明かした。

そのことを知った中川は「自分がいろいろ悪く考えたりとか思い込んだり重なっていっちゃって、まさか欲しいと思っていてくれたというのもビックリした」と涙ぐんだ。

さらに、中川の母から預かった手紙を同席していたアナウンサーの松本志のぶが朗読した。

父が30歳で白血病にかかった際、適合者として有力な娘の髄を移植すれば助かる可能性もあったそうだ。

しかし中川の身体に負担をかけることを憂慮し、検査を断っていたことが手紙に綴られていた。

手紙の朗読が終わった後、

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「まさか(父親が)自分で断ってたのも知らなくて」

「(自分のことを)考えていてくれてるとは思わなかったので。」

「申し訳なかったです、ホントにずっと。感謝して生きていかなきゃなって思い直しました」と、泣きながらコメントした。

中川翔子さん自身も、悲しみ苦しんでいたのですね。

2014年9月17日には自身のTwitterを更新し、

”今日は父の命日。20年経つなんて早いなあ。父の歩いたいろんな相後に巡り会いながら辿ってきた。これからも父が”生きた証”は残る”

と父親への思いを語っていました。

反発しあうことも多かった関係ですが、今ではしっかりと父親の愛情を受け止めることができるようになっているみたいです!

中川翔子が骨髄バンクで亡き父親への思いを語る

この放送から約3年たった2018年8月17日に中川翔子さんが自身の公式ブログを更新し、「ACジャパン」のCMに亡き父・中川勝彦さんとの共演を果たしたことを綴りました!!

タレントで歌手の中川翔子が、17日に自身のアメブロを更新。

『ACジャパン』のCMにて、32歳で亡くなった父親の勝彦さんと共演したことを報告した。

勝彦さんは1980年代に活躍したミュージシャンで、中川が9歳の時に白血病で亡くなった。

CMでは、中川のアップが映り「もっと生きたかったと思います。」

「きっとそうです。」

「父の年齢を超えたからよくわかるんです」と父親についてコメントすると同時に、元気なころの勝彦さんの写真や中川がまだ幼いころの2ショットなどが公開されている。

中川は「父の中川勝彦と初めて、ついにコマーシャル共演が叶いました。」

「もっと生きたかった父のこと。」

どうか骨髄バンクに登録する方が一人でも増えて、だれかの未来が救われるといいなと願っています」と亡き父に思いをはせるとともに、骨髄バンクへの登録者が増えることを願いながらブログを締めくくった。

きっと父・中川勝彦さんも、中川翔子さんの現在の活躍を見守り続けていると思います。

中川翔子の父親のスキャンダル画像が流出

父である中川勝彦さんの死をテレビ番組で告白し、父の思いを知り涙した中川翔子さん。

そんな中川翔子さんが、生前の父・中川勝彦さんの女性に関してのスキャンダルについて語っていたことが、2018年6月16日発売の某週刊誌の報道によって明らかとなったのです!!

優しかった・面白かった・頼もしかった……。

人それぞれ、父親に対する思いを抱えている。

どれも自分をつくってくれた大切な思い、でも面と向かって直接伝えるのは難しい。

某週刊誌では「父の日」を前に、8人の方に今だから話せる亡き父への思いを語ってもらった。

その中から、中川翔子さんが語った父・中川勝彦さんのエピソードを紹介する。

我が家は基本、母・桂子と祖母・栄子と私の三人暮らし。

父はときどきふらりと遊びに来るという感じでしたし、私が9歳のときに亡くなったから直接の思い出は数えるほどしかないんです。

覚えているのは父が白血病を発病した後、久々に家に来ていたときのこと。

母から、「お父さんが2階にいるから会ってきなさい」と言われてしぶしぶ行くと父は絵本を描いていた。

「なんで絵本なんか描いてるんだろう?」と思ったけど、その海と空の青がすごく美しくて子ども心になんて綺麗なんだろうと思ったのを憶えています。

「しょうこも手伝ってごらん」と言われて一緒に絵本を作ったことは忘れられません。

二人は旅行先のグアムで、他の駆け落ち同然のカップルたちと合同結婚式を挙げてるんです。

すごいですよね。

思春期の頃に父について調べたら女性スキャンダルが出てきてものすごい反発心を抱いたこともありましたが、今となっては「まあモテただろうし、そのぐらいあるよね」という感じ。

思春期のハートは繊細です(笑)。

勝彦の死後17年後、ショッキングなスキャンダルが発覚。

2011年に”写真24枚【勝彦が妻でない女性と性〇為をしている写真が】ネット上にアップされる”という騒動が起こったんです。

あまりのショックで父からもらったずっと大切にしていた誕生日カードを衝動的に捨ててしまいました(笑)

でもこの仕事をするようになってから、父の存在をものすごく感じるようになりました。

私がライブをする会場は父もやったことがあるところばかりだし、思いもよらぬ方から「お父さんと仕事をしたことあるんだよ」と声をかけていただいたり。

もし今の時代に父が生きていたら、ブログやTwitterやYouTubeで自由に音楽や絵・詩を発信していたんじゃないかな。

そして私とはものすごく気が合って、大親友になっていたんじゃないかな。

私が好きになるもの、猫や宇宙・深海もアニメも特撮も全部父が好きだったものなんです。

やっぱり“血”ですよね。

生前の父が性〇為をしている写真の流出なんて、娘からしたらショックの何物でもありません(笑)

「父から貰い、大事に持っていた誕生日カードを捨ててしまう」という行為からも、どれだけのショックだったかが伝わってきますよね。

ちなみにこのスキャンダル流出の裏話として、

このスキャンダルについては、同時期に発売された中川勝彦さんの肉声による朗読CD付きの絵本のセールスを上げるために、意図的に仕掛けられたものではないか、という見方があるようです。

スキャンダルの同年の2011年の復刊ドットコムの年間販売ランキングでは、同作品が1位を獲得しています。

ですが芸能界に入った中川翔子さんは、父親がいかに凄い人とだったかを改めて知り、偉大さを知ったのです。

そんな父の偉大さに感心を持てたからこそ、中川翔子さんも芸能界で頑張っているのではないでしょうか?

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